『みずうみ』あらすじ&感想――よしもとばなな作品の魅力

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よしもとばななさんの小説は、どんなに重く辛い内容でも不思議と淡々と読み進められる魅力があります。それは、作品全体に漂う軽やかさと、読んでいるだけで情景が自然と目に浮かぶような文章の力があるからだと思います。また、シンプルでありながら、読む人の心に深く刺さる言葉が散りばめられている点も特徴です。今回は、そんなよしもとばななさんの魅力が詰まった一冊、『みずうみ』をご紹介していきます。

この本は特にこんな方におすすめです!

  • 誰かに向けた愛について考えたい方
  • さまざまな価値観や考え方に触れたい方
  • よしもとばななさんの作品が好きな方
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『みずうみ』の魅力について、詳しくご紹介していきます!

作品情報

タイトル みずうみ
著者 よしもとばなな
出版社 新潮文庫
発売日 2008年11月27日
ページ数 242ページ
ISBN 978-4-10-135932-8
ジャンル 文芸作品

 

あらすじ

大好きなママが、パパとの自由な恋をつらぬいてこの世を去った。ひとりぼっちになったいま、ちひろがいちばん大切に思うのは、幼児教室の庭に描く壁画と、か弱い身体では支えきれない心の重荷に苦しむ中島くんのことだ。ある日中島くんは、懐かしい友だちが住む、静かなみずうみのほとりの一軒家へと出かけようとちひろを誘うのだが……。魂に深手を負った人々を癒す再生の物語。

 

感想・考察

『みずうみ』を読んで感じたこと

この作品を読んで、とても不思議な感覚になりました。描かれているのは決して明るい内容ではなく、過去の傷や辛かった時期、心の奥底に沈むような重いテーマです。それでも、よしもとばななさんの文体がその重さを優しく包み込むことで、読み手の心に寄り添っているように感じました。

物語の内容は苦い薬のようですが、その文体がオブラートの役割を果たし、自然に受け入れられるようになっている印象です。私はこのようなテーマの話にはあまり慣れていないのですが、もし表現が違っていれば湿っぽさが強まり、途中でしんどくなってしまい、読むのをやめてしまったかもしれません。それほどセンシティブなテーマを、文体の力で見事に中和していたと思います。

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よしもとばななさんならではの世界観を感じられる一作だと思います。

 

中島くんについて

中島くんの過去には非常に複雑な背景があり、それは物語の進行とともに徐々に明らかになっていきます。その過去を思わせる彼の言動には、どこか不安定で危うさが見え隠れします。

ちひろとの出会いは、中島くんにとって大きな転機だったのではないでしょうか。彼が少しずつちひろに心を開いていく姿はとても印象的でしたが、その過程には依存的な一面も感じられました。それでも、生きていく上で支えとなるような存在は誰にとっても必要なものです。これまで中島くんがどれほどの苦しみを抱えてきたのかは容易には想像できませんが、そんな彼がちひろという存在に出会えたことは本当に良かったと思います。

「ただの必然。他の誰とも暮らせないけど、ちひろさんとなら暮らせるから。そして、僕もずっとひとりでいるのはもういやだから。ひとりで、もち網をはさんで寝るのはもういやだから。一度ひとりでなくなると、もう、元の生活には戻れない。」

中島くんのこの言葉には、彼の心の奥底にある孤独や不安、そして救いを求める切実な想いが込められているように感じました。そして、ちひろがいることで未来に希望を持ち始めた彼の心の変化が伝わってきます。

 

ちひろとの関係性

中島くんにとって、ちひろだからこそ一緒にいられるのだと思います。その理由は、ちひろが中島くんのことを無理に理解しようとせず、そのままの彼を受け入れている点にあるのではないでしょうか。本文中には、ちひろのこんな想いが綴られています。

きっと私には一生彼らの気持ちはわからない。そして皮肉なことに、その鈍さが彼らをほっとさせているのだ。だから、私のような人間にも、この世にいる価値がちゃんとあるのだ。

さらに、中島くん自身も、ちひろに対してこう話しています。

「そう、その、あたりまえに家族があると『思っていない』ところが、とても安心できるところなんだ。その人たちをその人たちとして見ているし、僕のこともああなってほしい、こうなってほしいというのがなく、普通に見ているでしょう?」

「ちひろさんはね、思うにやはり、ほんとうに数少ない、気持ちの暴力が少ない人なんだ。」

中島くんは、「相手にこうなってほしいと思うこと」を「気持ちの暴力」と捉えています。そのため、ちひろが彼を自分の枠にはめ込もうとせず、ありのままを見てくれることが、彼にとって大きな安心材料となっていると感じました。

 

愛情の余白

相手をわかろうとすることは、愛情の一つの形だと思います。ただし、必ずしも「相手をわかろうとすること」だけが愛情ではありません。

愛情にはさまざまな形があります。たとえば、相手の気持ちや考えを理解しようと努力するのは、相手を大切に思うからこその行動です。それは「あなたのことをもっと知りたい」「分かち合いたい」という愛情の現れと言えると思います。

一方で、相手をわかろうとしすぎるあまり、無意識に相手にプレッシャーを与えてしまうこともあります。そのため、愛情には「わからなくても良い」という余白を残し、「ただそばにいる」「そのままの相手を受け入れる」という姿勢も含まれます。

結局、愛情とは「相手を知りたい」「寄り添いたい」という気持ちと同時に、「相手が何を必要としているか」を感じ取り、それに応えようとする姿勢のバランスではないでしょうか。わかろうとすることが愛情になる場面もあれば、わからないままでも相手を受け入れることが、より深い愛情になる場合もあります。

ちひろと中島くんの関係も、決して完璧な愛の形ではなく、それぞれの個性や考え方を尊重しながら、お互いに寄り添う姿勢がうまく調和しているからこそ成り立っているのだと思います。

愛情には明確な正解がないからこそ、それぞれの形を大切にし、日々の関係の中でお互いに合った愛し方を見つけていくことが大切だと思いました。

 

さいごに

ちひろと中島くんの関係性を通して、愛情のバランスとその多様性について改めて考えさせられるきっかけとなりました。私自身、相手を理解しようとする気持ちと、そのまま受け入れることの大切さを再認識しました。

『みずうみ』は、愛情と人間関係の複雑さを描いた作品であり、過去に負った傷を少しずつ癒していく過程が描かれています。物語が進むにつれて、このタイトルの意味も次第に明らかになっていきます。

ここで少し余談ですが、私の知り合いにも中島くんという名前の男性がいます。彼は、『みずうみ』の中島くんと同様、細身で飄々とした雰囲気があり、賢くてどこか掴みどころのない魅力を持つ人です。この本を読み進めているうちに、苗字が同じだけでなく彼の全体的な印象やディテールが重なり、自然と彼の姿が頭に浮かびながら読んでいました。普段、特定の人物を思い浮かべながら本を読むことは少ないので、なんだか新鮮で面白い体験でした。

本書は、深刻なテーマを扱っていながらも、それらを包み込むような温かさを持ち合わせており、読み終えた後は心が満たされるような気持ちになります。

興味のある方は、ぜひ手に取って読んでみてください!