ここ数年、凪良ゆうさんの本が話題になっているのを耳にして、私も一度読んでみたいと思い書店に足を運びました。そこで目に留まったのが、動物のイラストが描かれた、とても可愛らしい装丁の本。「パケ買い」という言葉がありますが、まさにその魅力に引き寄せられるように手に取ったのが『神さまのビオトープ』という一冊です。今回は、この本の魅力についてお伝えしたいと思います。
- 自分らしさや生き方に迷っている人へ
- 日常に少し疲れてしまった人へ
- 「普通」にとらわれすぎている人へ
『神さまのビオトープ』は、そんな心の揺らぎに優しく応え、温もりを感じさせてくれる作品です。
作品情報
- タイトル:神さまのビオトープ
- 著者:凪良ゆう
- 出版社:講談社
- 発売日:2017年04月20日
- ISBN:978-4-06-294067-2
- ページ数:304ページ
- シリーズ:講談社タイガ
あらすじ
『神さまのビオトープ』は、5つの短編がゆるやかに繋がる連作短編集です。それぞれの物語で描かれるのは、社会の「正しさ」から少し外れた人々の姿。例えば、幽霊の夫と暮らす女性や、機械の親友を持つ少年など、どの登場人物も少し不思議で、少し切ない人生を送っています。
どの短編にも共通しているのは、「多様な幸せの形を肯定する」というテーマ。読むたびに、心がじんわりと温かくなります。
※以下、ネタバレを含みますので未読の方はご注意ください
感想・考察
『神さまのビオトープ』を読んで実際に感じたこと
この作品は「幸せの形は人それぞれ違っていいんだ」と優しく教えてくれる一冊でした。幽霊の夫と暮らす女性や、ちょっと不思議な人々が登場する物語ですが、読んでいると不思議と共感できる瞬間がたくさんあります。
特に印象に残ったのは、主人公たちが「普通」や「正しさ」にとらわれず、自分の生き方を見つけていく姿です。彼らの人生を通じて、私自身も「幸せって何だろう?」と考える時間をもらえました。
さまざまな人と関わる中で、自分の考えが社会や他人の価値観と合わないと感じることがあります。その瞬間、「自分がおかしいのかもしれない」と迷い、不安になることは誰にでもありますよね。でも、自分の考えを疑う弱さを否定するのではなく、それも含めて自分を認めることが大切だと思いました。そして、揺らぎながらも、自分の信じるものを大切にし続けることが、自分らしく生きるために必要な要素なのではないでしょうか。
この本は、そんな自分の迷いや不安を肯定し、その上で自分の信じる道を歩んでいくことの大切さを教えてくれているように感じます。
また、凪良ゆうさん特有の「寄り添うような文章」が魅力的でした。一つ一つのエピソードが、読む人にそっと寄り添い、「それでいいんだよ」と背中を押してくれるような温かさを感じました。
鹿野くんという人物像
この本には多くの魅力的な登場人物が登場しますが、その中でも特に印象に残ったのが、鹿野くんという人物です。彼について語りたくなりました。
うる波の夫である鹿野くんは、二年前に交通事故によって命を落とします。しかし、幽霊となってうる波の前に現れ、この物語の中で重要な役割を果たしています。彼の独特なキャラクターには思わず引き込まれ、読んでいる間に何度も考えさせられる瞬間がありました。今回は、そんな鹿野くんの魅力について紹介していきます。
鹿野くんは一見すると掴みどころがなく、力の抜けた雰囲気を持っていますが、実際には自分の「好き」に対して揺るぎない信念を持つ芯の強い人物です。作中でうる波は彼についてこう語ります。
「鹿野くんは好き嫌いがはっきりしている。苦手なものには向かい合わないし、克服できるようがんばることもしない。無駄な努力はしない。代わりに、好きなものには愛を力を注ぐ。わたしは、いいかげんで真面目な鹿野くんが大好きだ。」
この言葉から、彼がどれだけ自分に忠実に生きているかがわかります。他人からはわがままで不器用な人と思われるかもしれませんが、彼の強さと魅力はまさにここにあります。
それに幽霊としての存在に無理に適応しようとするのではなく、自分らしさを守り続けています。これは周囲の期待に応えようとするのではなく、自分のペースで生きることを優先する考え方につながります。うる波も、そんな彼の変わらない姿に安心感を覚えたのではないでしょうか。
また、彼のまっすぐな愛情表現として、
「――うる波ちゃんのいるところが、俺にとっての世界の果てみたい」
幽霊となり、どこへでも行けるようになった鹿野くんが、うる波の元に帰ってきたとき最初に口にした言葉です。このような率直な言葉を口にできる鹿野くんは、自分の「好き」に迷いがない人物であり、その姿勢が素敵だと思いました。
私自身、大人になって気づいたのは、周囲の期待に応えようとして本当の自分を押し殺してしまうことがよくあるということです。その結果、自分の気持ちが分からなくなったり、苦しくなったりすることもあります。そんな中で、鹿野くんのように自分の好きや信念を大切にして生きることは、実は多くの人が目指している生き方ではないかと思います。
タイトルに込められた意味
この本を手に取ったときから、『神さまのビオトープ』というタイトルが何を意味しているのか、ずっと気になっていました。「ビオトープ」とは、「生命の場」を意味する言葉で、生き物たちが共存しながら調和する小さな生態系を指します。お互いが影響を与え合い、つながりながら、それでも自分らしいペースで生きていく。――その姿は、物語に登場する人々の生き方と重なるように思えました。
また、「神さま」という言葉が加わることで、このビオトープがただの自然環境ではなく、人の手を超えた何か、たとえば運命や見えない力に守られた特別な場所であることを示しているのではないでしょうか。これは、日常の中に隠れた奇跡や、気づかないうちに私たちが与えられている優しさやつながり、それらがこのタイトルに込められたメッセージの一部のように受け取れます。
『神さまのビオトープ』は、登場人物たちが築き上げた小さな世界であり、同時に私たちの身近な生活の中にも潜んでいる、かけがえのない空間そのものを象徴しているように感じました。
『神さまのビオトープ』のおすすめポイント
- 多様な登場人物の深い模写
物語は、事故で亡くなった夫の幽霊と暮らすうる波を中心に、多様なキャラクターが登場します。各人物の内面や背景が丁寧に描かれ、彼らの複雑な感情や葛藤に共感しやすい内容となっています。 - 心に残る結末
物語の終わり方が非常に印象的で、読後感が良いです。思わず考えさせられるような結末が、物語を一層深く感じさせます。 - 短編集としての魅力
短編として構成されているため、各話が独立しており、気軽に読み進めることができます。時間がなくても少しずつ読むことができ、毎回違った感動や発見を楽しめます。
さいごに
『神さまのビオトープ』は、日常の中で見過ごしてしまいがちな“自分らしさ”や“幸せ”について、そっと教えてくれる物語です。幽霊の夫や少し変わった登場人物たちが紡ぐ世界は不思議と身近で、そこには誰もが共感できる葛藤や人間関係が描かれています。読んでいると、自然と自分の価値観や生き方について考えさせられ、どこか心が軽くなるような気がしました。
忙しい日々の中で、自分の気持ちを見失いそうになることはありませんか?この本は、そんなあなたに寄り添い、そっと優しく背中を押してくれるはずです。